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2009/10/01 第2回 銀河鉄道の夜 ~旧富内駅
みなさん、こんにちは。いよいよネイチャーミュージアム北海道も正式オープンになりました。僕も、よりいっそう夜の旅が楽しくなりそうな予感です。
さて、当コラム二回目に選んだ旅先は「むかわ町穂別」。札幌からだと国道274号線を帯広方面に向かい、夕張を過ぎてからややしばらくすると穂別市街に向かう道道74号線へ右折します。もちろん、高速を使う場合も夕張ICで降り、国道274号線に合流します。(もっとも道東自動車道の現在終着地点が夕張なので当然ですが)夕張ICを過ぎてしばらく車を走らせると、突然大きな橋脚が姿を現しました。
夕張とトマムを結ぶ道東自動車道の建設現場ですね。ここから先、占冠とトマム間は10月24日に開通し、あとは夕張と占冠が開通すれば札幌から帯広方面へすべて高速道路で結ばれることになります。
さて、この建設現場の橋脚ですが、車で下をくぐった時に「格好いい!」とばかりにUターンし、駐車場に車を停めてカメラと三脚を担いで現場へ直行です。こういうものはひらめいた時が勝負、一期一会、色々な言い訳を考えつつ足早に向かいました。
なにせ夜空には満天の星、まるで国際宇宙ステーションのような(いや、残念ながら現物を見ていないので想像でしかありませんが)美しさ。建設途中の建造物に見とれてしまうのも、夜の雰囲気ゆえなのでしょうか。実は、まだ現場には灯りがあり、それが幻想的な雰囲気を醸し出していたのですよ。ところが、三脚をセットした瞬間「パッと」無情にも灯りが消えてしまい、そのうちゴンドラが降りてきました。作業員の方々が仕事を終えたようですが、思わず「もう一度、5分でいいから灯りを点けてっ!」と叫びそうになりましたよ。
たぶん、日中ここを通過してもさほど目に留まらないのではないでしょうか。夜だからこそ、そして輝く星空があったからこそ、私は車を停めていたのかもしれません。しかし、まあ、作業が進めばこの景色も過去のものになりますから、こうして写真に残す一瞬というのはいかに大切なことか。まさか、こんな絵を撮っている奴がいるなんて建設作業に携わっている方は知り得ないでしょうね。
さて、話を進めますと、道道74号線を走るとやがて穂別町内に入ります。現在は「むかわ町」と名を変えた穂別ですが、町の様子も昔とはずいぶん変わったように思います。旧穂別町は「化石のまち」というキャッチフレーズで博物館もあり、化石を元に復元した「ホベツアラキリュウ」という恐竜の骨格が展示されています。
この穂別市街からさらに車を鵡川方面、富内へ車を走らせます。すると富内の集落へ入る道へ差し掛かります。左折し、橋を渡れば集落の中に富内駅はすぐに見つかるでしょう。
この旧富内駅は旧国鉄富内線の駅で、1986年に廃止されました。日高本線鵡川駅と日高町駅間82.5kmを結んでいた旧富内線は、元々沿線の森林資源、鉱物、石炭などの運搬を主目的に1964年、全線開通しました。元々は大正時代からの歴史ある路線でしたが、沿線の貨物廃止、その後は赤字ローカル線に指定され惜しまれつつ廃止となりました。実は、この富川駅、プラットホーム、そして敷設されている線路が文化庁の「登録文化財」に指定されています。駅舎は大正12年に建造されたもので、ローカル線にはよくあるスタイルの駅舎ですが、今では貴重などこか懐かしい、いかにも「田舎の駅」としたスタイルは安らぎを感じます。例えば、鉄道模型にある駅舎の標準的なデザインとでもいいますか、やっぱり駅はこのカタチだよね、と力説したくなるのが富内駅なんですよ。駅前はさほど広くはありませんが、駅舎の撮影はしやすく、夜でも灯りがあるためピント合わせもスムーズに行えました。また、駅前にはトイレも設置されていますので、長い時間ここで過ごしても不便はありません。(ただし、商店街と言うほどの店はなく、食料などは穂別町内で仕入れておくことをおすすめします)
駅舎に併設されたホームの他、島式ホームを備えた3線式の路線がすべて残されているというのも、他の廃線駅とは大きな違いであります。この敷設時のベルギー製レールをはじめとして、道内から転用されたドイツ製、アメリカ製レールなどが保存されているというのが、登録文化財の理由なのだそう。古くは1920年代の輸入レールがそのまま残されているなんて、ちょっと凄いですよ。どのレールがどこの国のモノなのかは残念ながら夜ではまったく見えません。明るければ刻印などから判明できるのではないでしょうか。ぜひ、みなさん、確かめて撮影などをして欲しいですね(あら、他人任せ...)。
構内には旧型客車が二両保存されており、ライダーハウスとしても活用されていました。ちょうど、撮影に来た時にも一名様ツーリングで宿泊していました。いいなあ、ここに泊まって撮影っていうのも。でも、車なら「車で寝たら」と言われそう。また、構内にはポイント切り替えのための設備、信号灯などもそのまま残されています。まるで、今にも列車が走ってきそうな雰囲気が漂うのも魅力のひとつ。
何より隠れ鉄ちゃんである僕が大喜びしたのは「腕木式信号機」も、そのままいい状態で保存されていることですね。ちょうどこの腕木式信号機に月の光が当たって輝きました。
まるで、今にも「かたん」と音をたてて動きそうです。この状態は「通行制限」を表していますので、列車はホームから出発してはいけません。振り返ると列車が出発を待っているような、そんな夜です。広い構内は撮影するポイントもたくさんありますし、大正時代に完成したホームに腰掛けて過ごすのもよし。
構内を歩いて西へ向かうと、ちょっと不思議な線路が見えてきます。枕木ごと線路が上へ反り返り、夜空へ突き刺さるごとく向かっているのです。そう、ここは「銀河ステーション」なのです。宮沢賢治先生の「銀河鉄道の夜」を思い起こさせる空へ向かう鉄路。
なんとロマンチックな線路なんでしょう。いや、もう想像力が試される場所です。まさに試される大地、ここにありです。みなさんもここへ来て満天の星空へ向かう銀河鉄道を見ましょうよ。
先ほど紹介した腕木信号機を見た瞬間にも、実は宮沢賢治先生を思い出していました。短編童話「シグナルとシグナレス」は、本線の信号機シグナルと、軽便(けいべん)鉄道の小さな腕木式信号機シグナレスの、淡く切ない恋物語なのです。擬人化された信号機「シグナル」は東北本線の男性の信号機、シグナレスは岩手軽便鉄道の女性信号機という設定で、宮沢賢治先生が住んでいた岩手県花巻市の花巻駅あたりの様子を童話化したものでしょう。この童話の中にも星空を見上げる信号機たちの会話があります。富内駅はそんな夢が広がる場所として、僕がおすすめのポイントです。ここへ来ればイヤなことも忘れそうなほどの美しい星空が広がり、いつまでも空を見上げたまま、時間が過ぎてゆきそうです。忘れかけていたこと、ゆっくり時間を遡って想いに耽(ふけ)るもよし、ロマンに浸るのもよし、きっと元気が出るはずですよ。
さて、そろそろまた旅を続けようかな。(つづく)
◆旧富内駅:アクセス
札幌方面から道央道で苫小牧方面に向かい、千歳手前のジャンクションから道東道へ。夕張ICから国道274号を帯広方面へ。穂別から道道74号線へ右折し、穂別を過ぎ富内方面へ。およそ札幌から一時間半ほど。
◆撮影ポイント:
大正時代の面影を残す富内駅舎や、同じく大正時代のホーム、広い構内、腕木式信号機、ポイント信号灯、空へ向かう線路など。背景の山をうまく取り入れて山間の駅風情を考慮して撮影すると、情緒があるでしょう。
夜間は構内に灯りが少ないため歩く場合には線路やポイント機器などに注意すること。懐中電灯は必携。
◆その他:
食料品の調達はあらかじめ準備が必要。トイレは駅前に立派なものがあり便利。
- 第3回
北海道の炭鉱発祥地~三笠市 - 第2回
銀河鉄道の夜 ~旧富内駅 - 第1回
農学の夜は更けて...北海道大学

- 写真家
上原 稔
UEHARA MINORU
1960年秋田県生まれで札幌育ち。東京、札幌で写真スタジオ勤務後、富士写真フイルム株式会社(現・富士フイルム株式会社)札幌営業所勤務。
会社員生活を20年経て2年前に独立し、現在はNHK文化センター北海道総支社にて写真教室の講師などを行っています。得意な写真分野は「町」「夜」「旅」など。
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http://ariaribox.exblog.jp/

















